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3章で構成される本書で、改めて浮き彫りとなるのは、社会に封殺されたものたちの生々しい姿だ。2001年9月の同時多発テロ事件以降のアメリカと、オウム事件以降の日本とを、アメリカでの『A』の上映会を通じて活写した第1章。放送禁止歌、小人プロレス、ベトナム最後の王位継承者クォン・デ、下山事件など、これまで著者が取り組んできたテーマを凝縮した第2章から第3章。メディアが忌避してきた被写体たちを、どうしてあなただけ撮影することができたのか、という問いに著者はこう答える。「周囲が停止していたからだ」と。
結果として本書は、独自の世界観やメディア論を盛り込んだ、硬派な社会批評ともなっている。なかでも著者が熱を帯びて訴えるのは、私たち自身の抱え持っている矛盾や論理の破綻に、まったく無自覚であることの危険性である。そして、そのことが「他者への憎悪」だけを剥き出にしている現代日本の醜悪さにつながっていると説く。オウムという存在が、鏡に映った私たちの社会自身の姿であることを示唆した『A』と同様に、本書は、読み手に鋭い切っ先を突きつけている。(中島正敏)